[5年一貫] [現役] [学校にあったチラシ] 

講師が彼女を語る

合格おめでとう。
 
彼女との出会いは、学内講習の日でした。食塩=ナトリウムを知らない看護学生は、よくいます。しかし、間違えた時のリアクションで学習意欲は決まります。時には、大笑いしたり、冷たくしたりと相手に合わせて対応します。
彼女は、他力本願的な行動が目立つ学生でしたが、性格は個人が自覚しないと行動変容はしません。
そのため、遠くから眺めて、あまり押さない態度が良かったのだと思います。頑張った自分をほめてあげましょう。 

彼女からいただいた手紙

  

 
私の母は看護師でした。しかし母は私が小2のときに病気で亡くなりました。お父さんを少しでも楽にさせたいという気持ちで高2からバイトを始め、専攻科2年の9月までバイトをしていました。9月の時点で周りの友達もバイトはギリギリまで続けると言っていたけど、国試に落ちる理由がバイトをしていたから、が一番恥ずかしいと思い9月いっぱいで辞めました。バイトは実習がない土日や長期休みはもちろん、実習の合間の土曜日だけ入っていたときもありました。なので模試はずっとD判定で、みんなに見せびらかしている馬鹿でした(笑)
 
9月のある日、吉田ゼミナールの小山先生が専攻科に来ました。予備校の授業が聞けると楽しみだったけど、小山先生は「本当は女子高には来たくなかった」や、専攻科の勉強方法に反対し、「学校の先生が配るプリントなんてしなくていい、自分の勉強をしなさい」と言いました。私は専攻科の先生たちが好きだったので批判されたことにめっちゃ腹が立ちました。小山先生が「腎臓の悪い患者に制限するものは?」という質問をしました。生徒に次々に質問しますが、タンパク質と食塩という答えが出揃ったのは20人目でした。もちろん私も当てられましたが、前の人が食塩と答えていたにもかかわらず「ナトリウム」と答えました。小山先生に「食塩とナトリウムは同じ意味ですね」と、とても冷たく返答されたのを覚えています(笑)
 
このたった1つの質問に対して小山先生は「この質問で20人目で答えられるのは前代未聞」と言いました。さらに「この学校は全国ワースト50位?100位?って知ってた?」といい、そのとき本当に国試をなめている自分がいるということに気づきました。そっから急にヤバイと思い始め、その後の小山先生がしてくれた授業が全くわからず、周りの友達が「なるほど~」と言っているのに、理解できない自分に焦り始めました。私も含め専攻科の生徒よりも小山先生が国試国試国試となってることに正直ビックリしてました。「今からでも遅くない、今すぐに勉強を始めなさい」と100分の授業の中で口癖のように言ってました。
 
10月は丸1か月間が実習、11月は症例研究、勉強できるのは12月からなのか、、と考えてたら勉強できるのは、たった2ヶ月半でした。すぐに体験を申し込みました。初めて参加した授業は全くわからないホルモン系でした。授業に参加する気になれず途中で退室して、いつも通りの逃げる自分でした。体験期間が終わって先生と初めて電話をしました。このまま予備校に入らんかったら絶対落ちる、予備校に入れば受かると軽い気持ちでした。
 
正直、私が予備校に入ることを決めたきっかけは、他の予備校にはない不合格だったときに返金してくれる制度があったことでした。「去年はみんな受からせた、D判定の人も成績を上げてみんな受かっていった。」と言われ、すごい自信があるんだな、ここに入れば受かるんだな、と人任せな気持ちでした。お父さんに相談すると、様々な理由でダメと言われました。しかしそのときは予備校に入らないと落ちるというその考えしかなく、私とお父さんは予備校の件で初めて大喧嘩をしました。そして私は家を出て行き、親の反対まで押し切って私は入塾してしまいました。なぜかそのときは一生懸命だったんです。親の反対を押し切ったことは反省してますが...。
 
しかし予備校に入ったからといって成績は上がることもなく常に130点台でD判定でした。緑のテキストを読みなさいと言われても12ページ読みませでした。
 
残り70日になったときに2回目の焦りがきました。全国模試の点数がまたもや130点台、、そろそろ上がっていいんじゃないかとへこんでいました。先生に電話すると「どんな勉強法してる?」と言われ、「今は問題解いて必要な部分を付箋しメモしてRBに貼り付けてます。」といいました。なんと小山先生は「そんなことしなくていい、今すぐ白のテキストをしなさい」と言いました。内心はRB厚くしたいのに...RBめっちゃ使えるのに...言い方てものがあるやろ...と思いました。
 
国試まで全教科3周くらいする目標を立て1日のスケジュールも立て直しました。12週したとき、ちょうど全国模試の日でした。なんと私が159点を取りました。初めての159点でとても嬉しかったんです。冬休みも引きこもって三が日もとにかく白のテキストをしてました。成人式の日は髪をセットしたあと時間があったので、録画の授業や計算問題を動画でみてました。模試の点数も段々と上がってきてました。
 
国試の30日前は、状況設定問題しかしませんでした。文章力や読解力がなく、当たり前に解ける問題も解けてませんでした。そのため今まで自分が受けた全国模試や過去問の状況設定問題、図書室に置いてある模試の状況設定や学校の先生にお願いして去年の全国模試の状況設定を解いてとにかく文章に慣れていました。わからないことは、学校の先生を捕まえて聞いて理解していました。ゼミの授業も状況設定問題もときは、きちんと出席して解き方も学んでました。そのため最後の全国模試では176点を取れて、B判定にUPしてました。
 
国試当日、ホテルから出て出発しようとすると、「あ!お母さん」と思い出し、お財布に入れていたお母さんの写真を心臓に近いポケットに入れ、会場に行きました。最後は神頼みならぬ母頼みでした。国試は本当に緊張しすぎて涙目になってました。そして解答用紙に名前を記入し、午前の試験が始まるまで残り20分ありました。緊張しすぎて、会場の空気にのみこまれ、私は鼻血をだしました(笑)
 
自分はもちろん、教室内もリラックスすることができて、試験に臨むことができました。
就職試験も国家試験も私は何かしらとハプニングがあったけど、とにかく落ち着くことが一番です。日頃から落ち着くことが一番かもです(笑)
 
国家試験に無事に合格することができ、おばあちゃん、お母さんに次いで3代目として看護師になることができてよかったです。学校の先生、友人、家族、そして小山先生に感謝です。
 
私は国試の勉強をもっともっと早くからしてればよかったと何度も思いました。RBを分厚くしたいなら、残り数ヶ月で一気に厚くするのではなく、夏休みまでにしておくことだったなと思いました。
 
私は過去問を解いているとき、実習で受け持った疾患や授業で聞いたことのある疾患がよく出ていることに気づきました。しかし私は学校の授業はわかんなくても、とにかく頷くだけ頷き、実習のアセスメントは学校の先生たちに頼ってばかりでした。国試の勉強をしていると、あの先生がした授業なのにわかんない、受け持った患者様なのに、そこまで深くみてないからわかんない、がよくありました。授業や実習の場面から国試の勉強につなげれてたことに気づきました。私は気づいたのが遅かったです。だから、みなさんもあのときから勉強していたら、もっと早く取り掛かってればタラレバ言わないで良いように、勉強と実習に早めから取り組んでください! 

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